「事業会社の経リとして経験を積んできたけど、このままでいいのだろうか」
「もっと専門性を高めたい。税務のプロフェッショナルを目指したい」
「多様な業界のビジネスに触れて、自分の市場価値を高めたい」

事業会社の経理としてキャリアを積んできたあなたなら、一度は「会計事務所」というキャリアパスを考えたことがあるのではないでしょうか。専門性を高め、多様な経験を積むことができる会計事務所は、経理経験者にとって非常に魅力的な選択肢です。

しかし同時に、「仕事内容はどう違うのか」「自分のスキルは通用するのか」「転職して後悔しないだろうか」といった不安も尽きないはずです。

経理と会計事務所、両方の世界で15年以上の経験を持つ私から言えるのは、この二つのキャリアは似て非なるものであり、転職を成功させるには双方の違いを深く理解し、戦略的に動くことが不可欠だということです。

この記事では、経理職から会計事務所への転職、あるいはその逆のキャリアを考えているあなたのために、仕事内容や求められるスキルの違い、具体的なキャリアパス、そして転職を成功させるための具体的なノウハウを網羅的に解説します。あなたのキャリアにとって最良の選択をするための一助となれば幸いです。

経理から会計事務所に転職する際に求められるスキルや資格とは

事業会社での経理経験は、会計事務所への転職において非常に大きなアドバンテージとなります。しかし、求められるスキルセットは微妙に異なります。ここでは、会計事務所があなたのどこに注目しているのか、何を準備すべきかを解説します。

即戦力として評価される「月次・年次決算」の経験

会計事務所が経理経験者を採用する最大の理由は、クライアント企業の経理業務を理解し、即戦力としてサポートできる人材を求めているからです。

特に、事業会社で月次決算や年次決算を一通り主担当として完結させた経験は、高く評価されます。なぜなら、クライアントがどのような資料を、どのようなタイミングで、何のために作成しているのかを「当事者」として理解しているからです。この経験は、クライアントに寄り添った的確なサポートを提供する上で、何物にも代えがたい強みとなります。

加えて、以下のような経験があれば、あなたの市場価値はさらに高まります。

  • 原価計算や固定資産管理など、特定の会計分野に関する深い知識
  • 勘定奉行、弥生会計、freee、MFクラウドなど、複数の会計ソフトの使用経験
  • 業務フローの改善や、新しい会計システムの導入に携わった経験

必須資格は日商簿記2級 税理士科目合格は強力な武器に

資格は、あなたの知識レベルを客観的に証明する上で欠かせません。

  • 日商簿記2級:これは会計に携わる者としての最低限のパスポートです。経理経験者であっても、知識の体系的な理解を示す上で必須と考えてください。
  • 税理士試験の科目合格:これが転職活動において最も強力な武器となります。法人税法、消費税法、所得税法、相続税法などの科目を持っていれば、専門家としてのポテンシャルを強くアピールでき、採用の可能性が飛躍的に高まります。1科目でも合格していれば、高く評価されます。
  • FASS検定:経理・財務の実務スキルを測定する検定です。高得点を取得していれば、実務能力の客観的な証明になります。

会計事務所で最も重要な「コミュニケーション能力」

事業会社の経理が主に社内の人間とやり取りするのに対し、会計事務所の仕事は「クライアントワーク」そのものです。クライアントである経営者や経理担当者と円滑な関係を築き、専門的な内容を分かりやすく説明する能力が不可欠です。

経営者は、必ずしも会計や税務に詳しいわけではありません。難しい専門用語を並べるのではなく、相手の知識レベルに合わせて丁寧に説明し、信頼を得る力が求められます。「この人になら安心して任せられる」と思ってもらえるかどうかが、会計事務所で成功するための鍵と言っても過言ではありません。

経理職が会計事務所で働く際の仕事内容とキャリアパスを徹底解説

「会計事務所の仕事は、税金の計算だけ?」と思っているなら、それは大きな誤解です。ここでは、会計事務所の具体的な仕事内容と、その先に広がる多彩なキャリアパスについて見ていきましょう。

「守り」から「攻め」へ 記帳代行から経営コンサルティングまで

会計事務所の業務は、クライアントの規模や事務所の方針によって様々ですが、主に以下のような業務があります。

  • 記帳代行・月次監査:クライアントから領収書や請求書を預かり、会計ソフトへの入力(記帳)を代行します。また、クライアント自身が入力したデータが正しく処理されているかを毎月チェック(月次監査)し、月次決算書を作成・報告します。
  • 決算業務・税務申告:年に一度の決算を組み、法人税や消費税などの税務申告書を作成し、税務署へ提出します。これは会計事務所の最も重要な独占業務の一つです。
  • 税務相談:「この経費は損金になるか」「節税のためにはどうすれば良いか」といった、クライアントからの日常的な税務に関する相談に対応します。
  • 給与計算・社会保険手続き:クライアントの従業員の給与計算や、社会保険・労働保険の手続きを代行します。
  • MAS業務(経営助言サービス):月次報告の際に、単に数字を報告するだけでなく、資金繰りのアドバイスや、経営計画の策定支援、融資の相談など、より踏み込んだ経営コンサルティングを行います。近年、このMAS業務に力を入れる事務所が増えています。

事業会社の経理が「自社の経営を守る」仕事だとすれば、会計事務所は「クライアントの経営を守り、さらに攻めるための支援をする」仕事と言えるでしょう。

専門性を磨いたその先に広がる多彩なキャリアパス

会計事務所での経験は、その後のキャリアに大きな広がりをもたらします。

  • 事務所内でキャリアアップ:担当者からスタートし、チームリーダー、マネージャーへと昇進していくキャリアです。
  • 税理士として独立開業:税理士資格を取得し、自分の事務所を構えるという道です。多くの会計人の夢の一つです。
  • 事業会社の管理職・CFOへ:会計事務所で多様な業界の財務や税務を見てきた経験は、事業会社にとって非常に魅力的です。特に、IPO準備企業や成長中のベンチャー企業などでは、CFO(最高財務責任者)や経理部長として好待遇で迎え入れられるケースも少なくありません。
  • コンサルティングファームへ:税務だけでなく、M&Aや事業再生といった、より専門性の高いコンサルティングファームへ転職する道もあります。

経理未経験者が会計事務所へ転職するためのポイントと成功事例

実は、会計事務所は事業会社に比べて「未経験者」の採用に積極的な側面があります。経理経験すらない、全くの異業種から会計事務所への転職を成功させるためのポイントを解説します。

なぜ会計事務所は未経験者を採用するのか

理由は大きく2つあります。

  1. 育成を前提とした採用文化:会計事務所は、将来の税理士を育てるという風土が根付いています。そのため、ポテンシャルのある若手人材を一から育てていく採用モデルが確立されている事務所が多いのです。
  2. 人手不足:業界全体として人手不足の傾向があり、特に若手スタッフの需要は常に高い状態です。そのため、未経験でも意欲のある人材であれば、採用したいと考える事務所は少なくありません。

未経験者がアピールすべきポータブルスキル

実務経験がない分、前職で培った「持ち運び可能なスキル」をアピールすることが重要です。

  • 営業職経験者:コミュニケーション能力、対顧客折衝能力、目標達成意欲
  • 販売職経験者:ホスピタリティ、丁寧な対応力、売上管理などの数字への抵抗のなさ
  • ITエンジニア経験者:論理的思考力、PCスキル、業務効率化への意識

これらのスキルが、会計事務所のクライアントワークや業務改善にどう活かせるのかを、自分の言葉で語ることができれば、大きなアピールになります。

【成功事例】異業種から会計事務所へのキャリアチェンジ

Aさん(28歳・元不動産営業)のケース:
Aさんは、不動産営業として高い実績を上げていましたが、より専門的な知識を身につけ、長期的なキャリアを築きたいと考え、会計業界への転職を決意。働きながら日商簿記2級を取得し、未経験者歓迎の会計事務所に応募しました。面接では、「高額な商品を扱う中で、お客様のライフプランに深く関わる税金や資産の問題に興味を持った」という志望動機を、具体的なエピソードを交えて説明。さらに、営業として培った「顧客の懐に飛び込み、信頼関係を築く力」は、会計事務所のクライアントワークで必ず活かせると強くアピールしました。そのポテンシャルが評価され、見事採用。現在は実務経験を積みながら、税理士試験の勉強に励んでいます。

経理から会計事務所に転職する際のよくある質問とその回答【FAQ】

経理と会計事務所、両者のキャリアパスを考える上で、誰もが抱く疑問や不安について、Q&A形式でお答えします。

会計事務所から事業会社の経理への転職は難しいですか

A. 一概に難しいとは言えませんが、注意点があります。会計事務所での経験は、税務や多様な会計処理の知識という点で大きな強みです。しかし、事業会社の経理で求められる「社内調整能力」や「一つの事業を深く理解する能力」は、別途アピールする必要があります。特に、大企業への転職では、原価計算や管理会計、連結決算といった、会計事務所ではあまり経験できない業務の知識が求められるため、キャッチアップする意欲を示すことが重要です。中小企業やベンチャー企業であれば、会計事務所の幅広い知識が即戦力として高く評価される傾向にあります。

会計事務所への転職で後悔することはありますか

A. 「後悔した」という声でよく聞かれるのは、以下の3つのパターンです。

  1. 業務の幅が狭かった:入社してみたら、ひたすら記帳代行ばかりで、決算や申告業務に携われなかった。
  2. 給与が下がった:事業会社時代の給与水準が維持できず、年収がダウンしてしまった。
  3. 労働環境が合わなかった:確定申告の時期(2〜3月)の繁忙が想像以上に厳しく、ワークライフバランスが崩れた。

これらの後悔を避けるためには、転職前の情報収集が不可欠です。面接で「入社後の具体的な業務内容」や「繁忙期の残業時間の実態」などをしっかりと確認し、自分が求める働き方と合致するかを見極めましょう。

結局経理と会計事務所どっちが良いのでしょうか

A. これは、あなたのキャリアプランや志向性によります。以下を参考に、自分に合った道を選びましょう。

  • 会計事務所が向いている人:
    ・税務のプロフェッショナルを目指したい人
    ・多様な業界のビジネスに触れたい人
    ・将来的に独立開業を考えている人
    ・顧客と直接関わり、コンサルティング的な仕事がしたい人
  • 事業会社の経理が向いている人:
    ・一つの会社の成長に深く、当事者として関わりたい人
    ・管理会計や財務戦略など、経営の中枢に近い仕事がしたい人
    ・安定した環境で、社内の人間と協力しながら働きたい人
    ・ワークライフバランスを重視したい人(繁忙期は会計事務所の方が厳しい傾向)

会計事務所から経理へ転職する際の転職理由はどう伝えれば良いですか

A. ネガティブな理由(例:残業が辛い)ではなく、ポジティブなキャリアプランとして語ることが重要です。「会計事務所で多様な企業の会計・税務に触れる中で、特定の業界や一社のビジネスに深く関与し、事業の成長を内側から支えたいという思いが強くなりました」といったストーリーが王道です。その上で、「貴社の〇〇という事業の将来性に魅力を感じており、これまで培った知識を活かして貢献したい」と、その企業を選んだ理由に繋げると良いでしょう。

知恵袋などで「会計事務所はブラック」と見ますが本当ですか

A. 全ての会計事務所がブラックというわけでは、もちろんありません。しかし、確定申告期などの繁忙期には、多くの事務所で残業が増えるのは事実です。近年は、働き方改革の流れを受けて、残業時間を削減したり、IT化を進めたりする事務所も増えています。重要なのは、ネットの匿名情報に惑わされず、面接や転職エージェントを通じて、応募先の事務所のリアルな労働環境を確認することです。「知恵袋」の情報は、あくまで参考程度に留めましょう。

会計事務所から経理への自己PR(例文)を教えてください

A. 会計事務所での経験を、事業会社でどう活かせるかを具体的にアピールします。
【例文】
会計事務所にて5年間、約20社のクライアントを担当し、月次決算から法人税・消費税の申告書作成まで一貫して携わってまいりました。この経験を通じて、多様な業種における会計処理と税務の知識を習得いたしました。特に、IT業界のクライアントを多く担当した経験から、SaaSビジネス特有の収益認識基準やソフトウェアの資産計上などにも精通しております。貴社(IT企業を想定)においても、この業界知識と会計・税務の専門性を活かし、迅速かつ正確な決算業務に貢献できると確信しております。また、多くの経営者と対話してきた経験から、数字の裏側にあるビジネスの動きを理解し、経営層に的確な報告を行うことにも自信があります。

会計事務所から経理への志望動機(例文)を教えてください

A. 転職理由と一貫性を持たせ、その会社でなければならない理由を明確にします。
【例文】
会計事務所でクライアントの経営を外部から支援する中で、より深く一つの事業に当事者として関わり、その成長に貢献したいという思いが強くなりました。数ある企業の中でも貴社を志望したのは、〇〇という製品・サービスを通じて社会に貢献されている点と、今後の海外展開も視野に入れているという将来性に強く惹かれたためです。会計事務所で培った幅広い会計税務の知識をベースに、今後は貴社の一員として、管理会計の体制構築や、将来的な海外子会社管理といった新たな領域にも挑戦し、事業の成長を根幹から支えていきたいと考えております。

あなたのキャリアにとって、会計事務所と事業会社の経理、どちらの道が最適か、この記事がその答えを見つけるための羅針盤となれば幸いです。